ワイヤレス給電(WPT) システム設計のための必修技術

18年5月19日 粟井郁雄

 

弊社が開発している電磁界結合型ワイヤレス給電システムの設計において必要な技術をご紹介します。しかしマイクロ波によるワイヤレス給電システムは不得意ですので除外します。設計法そのものに関しては多くの情報が存在しますのでここでは取り上げず、いわば系統だって紹介されることのない周辺技術を纏めることに意義があると考えたためこのページを作りました。なお最後の項は筆者の理解の現状を表しているだけですから、皆様のご意見を伺って必要と感じれば改訂する可能性が有ります。

 

1.ベクトルネットワークアナライザ(VNA)による回路定数の測定法[1]

VNAは通常50Ω入出力インピーダンスを持っているため、その条件下でのSパラメータが周波数の関数として測定できる。機種によってはそのままZパラメータ表示も可能であるが、その機能がないときはエクセルによってZパラメータ表示に変換する。必要な回路素子を付け外ししながらこの測定を繰り返すことにより回路トポロジーと素子定数を実験的に確認できる。VNAを用いたSパラメータ測定は分布定数回路を扱うことの多いマイクロ波帯においては標準的な技術であるが、MHz帯を主として用いるWPTシステム開発においてもZパラメータ変換を施すことによって下記に示すように多くの有用な測定が可能となる。

[1] Ikuo Awai, Tatsuya Hiraiwa, Toshio Ishizaki, “Circuit-theoretical Measurement of WPT Systems Using a Vector Network Analyzer”, AWPT2018, Oct. 2018.(To be presented)

 

2.VNAによるSパラメータ測定と、その値を利用した任意の電源・負荷に対する出力、効率などの応答の計算法[1]

上記により回路の全体像が分かると、電源、負荷インピーダンスが50Ω以外の任意の値の時にどのような出力電力、伝送効率となるかをエクセルを用いて算出することが出来る。オシロによる測定は時間領域測定という宿命からノイズの抑圧、読み取り誤差の問題によって精度、確度が極めて低いことを考えると、時間領域での過渡応答測定がほとんど不要のWPTシステム開発にはVNAの利用を標準化することが望ましく思われる。特にディスプレイをパソコン等で代替することによって最近10万円から数10万円のVNAが市販されているため、オシロスコープよりも手軽に購入できることも考慮すべきである。例えば弊社ではVNAは一人一台システムを取っている。

 

3.kQ積理論[2],[3],[4]

豊橋技科大、大平教授によって理論化・一般化された電力伝送効率最大化に関する基本理論。 線形受動4端子回路全般に成り立つ理論であり、ワイヤレス給電回路をその一部に含む。4端子回路はZ行列で表せるのでそれを用いて負荷で消費される電力と電源からの出力電力の比を最大化する回路条件を求め、又その時の最大効率を求めることが出来る。文献[2]は最も一般化された最新のもの、文献[3]は日本語でやさしく書かれたもの、文献[4]は粟井によってより分かりやすい直接的な導出法が示されたものである。

この理論を用いれば設計した回路、更には実際に作製した回路のSパラメータを通じてZパラメータを求め、それから上記の計算によって効率最大化の為に何をなすべきかが予測できるのでシステム開発の強力な武器となる。最近はこのkQ積が直接測定できるVNAも販売されている。

[2] Takashi Ohira, ”Power transfer efficiency formulation for reciprocal and non-reciprocal linear passive two-port systems”, IEICE Electronics Express, Vol.15 Issue 3 20171196, 2018.

[3] 大平孝, “ワイヤレス電力伝送の10年,” RFワールド, no.40, pp.42-51, Oct. 2017.

[4] 粟井郁雄, “ワイヤレス給電システムのkQ積理論再考-消費電力と入射電力比からの導出-”信学技報、WPT2016-44, pp.11-16, 2017年1月.なお文中の式(3.3)はミスタイプで

が正しい

 

4.4種の負荷インピーダンス変換法[5][6]

kQ積理論によって最も大きな伝送効率を与える負荷インピーダンスが決まったら、それを実現するためにインピーダンス変換回路を2次側に挿入する必要がある。また1次側には電源から見たインピーダンスを変換して所望電力を供給することが出来る。それらの回路形式には4つの方式があるので利害得失を考えて最も適切な変換回路を選ばなければならない。しかし[5]では変換回路自身の損失は考慮していないのでそれらが大きいときは問題が生じる。そこで[6]では損失を考慮する方法が紹介されているが、さらに使いやすい表現が求められる。

[5] 粟井郁雄, “磁界結合共振器型WPTシステムの設計法-四つのインピーダンス変換法の有効利用-”, 信学技報WPT2016-25, pp.31-36,2016年10月.

[6] 山田恭平,坂井尚貴、大平孝、“複素インピーダンスを整合する基本LC回路の効率公式-マンハッタン距離とボロノイ図を用いた定式化”, 信学技報WPT15-16, pp.81-85, Apr. 2015.

 

5.共振器、共振回路の無負荷Qの測定法[7]

3の最大化とは、「与えられた回路の損失抵抗の消費電力と比べて負荷抵抗消費電力を最大化するためにリアクタンス素子をどの様に設定するか」という問題の解決であるから、それを施しても電力や、効率が足りない時は結合係数または共振器の無負荷Qを(つまりkQ積そのものを)大きくする必要がある。新たに作り直した共振器のS11だけによる無負荷Qの測定法は簡便であり、身に着けておくべきである。

[7] 小林禧夫, ”マイクロ波共振器の測定技術”、Microwave Workshop Digest, pp.431-442, Dec. 2000.

 

6.磁界結合と電界結合の相違点[8]

この問題は最近認識が広がりつつあるがまだあいまいな点が残っている。まず第1にマクスウェル方程式の双対性の問題から始めよう。

EHe m の入れ替えによって方程式は変化しない事を双対性の証拠とするが、それが成り立つのはシステムに導電電流が流れない、言い換えれば導体が存在しないことが条件となる。なぜならWPTシステムのように導体が存在すればJ(=sE)の存在が双対性の成立条件を破るからである。従って磁界結合がH1, H2, Mによって表現されるからと言って電界結合がC1,C2,Cmで表現されるわけではない。この点の誤解に基づく記述の例が[9]に存在する。

・磁界結合の基本は2つのコイル間の結合であるが、電界結合の基本は明確に認識されてはいない。それを磁界結合に倣って2つのコンデンサ間の結合とみなすと回路上の対応がよさそうだが、そもそも電界結合は2つの電極間の結合である。そうすれば2つのコンデンサには4枚の電極が存在するため、計6つの結合が存在する事になって理論化は複雑である。

・磁界結合をZ行列で、電界結合をそれに対応するY行列で表すという表現法[9]が使えない。言い換えると双対性が使えない。

・別の観点では、磁界ベクトルは自身で閉じているのに対して、電界ベクトルは必ず電荷を始点・終点に持つという大きな違いがある。

・磁界結合では浮遊インダクタンスは存在しないが、電界結合では浮遊容量(無限遠点の電荷への終端)を考慮せねばならない。その結果磁界結合では2次側と1次側は共通接地の必要はないが、電界結合ではそれを考えないと結合回路が成立しない事すら有る。

[8] Ikuo Awai,” Revisit to Design Theory of Electrically Coupled Resonator WPT System”、信学技報WPT2017-60, 2018年1月.

[9] Jia-Sheng Hong and M. J. Lancaster, Microstrip Filters for RF /Microwave Applications, John Wiley & Sons Inc., 2001, pp. 245-247.